上海遠征
三年二組 呉原 祐香
私は今回で中国へ行くのは二度目だったのですが、沢山のことを学び、経験しました。私たちダンス部は、WTF(ワールド・トラベル・フェア)の開会セレモニーで二度、上海&復旦中学との学校交流で一度躍らせていただきました。そしてMCの際に、私達は中国語でスピーチ(?)しました。通じているか心配でしたが、その後大きな拍手と歓声をもらい安心しました。さらに私たちは上海雑技団も見させてもらいました。次々に繰り広げられるアクロバティックな演技に釘付けでした。夜は皆で一つの部屋に集り、お菓子を食べたり、話したりとこの四日間で以前より仲良くなりました。
また中国の凄まじい発展ばかりだけでなく、現地では貧富の差がよく目に付きました。お金持ちの人は高価な服を身にまとっているのに対し、貧しい人は幼い子を抱き抱え、道行く人に物乞いをしていました。中国の裏を見た気がしました。私はとても心が痛められる思いでした。現地に行って学ぶとは、こういう事だな、と改めて実感しました。
私は今中国語を勉強していて、大学では中国語を勉強したいと思っています。ダンス部の活動を通して上海にいけるのは本当に恵まれています。私にとって貴重な経験になりました。私はこれを一つのステップとし、常に向上心を持ち続けていきたいです。また今回の経験が将来の私にとってプラスに働いてくれることは間違いないでしょう。
三月二十六日.二十九日の四日間は短くも内容の濃いものでした。この企画に携わって下さった方々、上海政府、大阪政府の皆さん、両親、新川先生、そして春名先生本当にありがとうございました。
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折口信夫
(明治20年-昭和28年)本校在籍:明治44-大正3
民族額的方法を国文学に導入して独自の学風を擁立した国文学者
評 論家、国学院大学、慶応義塾大学教授、すぐれた歌人で釈迢空(しゃくちょうくう)
の名で知られる。偉大な学者、詩人であったばかりでなく、弟子た ちに絶大な教師であった。
会う人ごとに「私の今日あるのはすべて折口先生のおかげです」
と話す天文学者萩原雄祐(今中4期)らとの師弟愛 物語は有名。
昭和32年に日本芸術院恩賜賞受賞 受賞対象:『折口信夫全集』
墓は鴎町の源泉寺にある。
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