池上真悟【高43期】 釜ケ崎発 魂のラップ

2010年06月30日(水)

ラップ支えあい・格差…韻踏んで出身のSHINGO☆西成さん

多くの日雇い労働者が集まる大阪・西成の「あいりん地区」(釜ケ崎)で育ったラップ歌手がいる。SHINGO☆西成、三十五歳。「困ったときに助け合いな しは味気ない」「都合悪ければ見ざる言わざる聞かざる無理にブランドで着飾る」‥‥。支え合うことの大切さや人間関係が希薄になりつつある現代を、韻を踏 んだ歌詞と曲で表現する。「歌を通じてこの街の現実に目を向けてほしい」と願いながら。

SHINGO☆西成は、あいりん地区の通称「三角公園」近くにある長屋で母親と暮らす。両親は離婚し、古本屋で働く母親の手で育てられた。兄弟はいな い。小学校に入って間もないころ、近所の朝市で中年男性から声をかけられた。「これこうとけ(買っておけ)」。差し出されたのは、米国の黒人歌手・スティ ビー・ワンダーのレコードだった。立ち飲み屋からカラオケが聞こえてくる街で育った少年は、すぐに音楽のとりこになった。奈良県内の大学を卒業後、老人福 祉施設に就職。しかし、八年ほど働いたある日、通勤を急ぐあまりに目の前で転んだお年寄りを助けない自分がいた。「これじゃ、本末転倒だ」。原点にかえろ うと西成に戻った。市立更生相談所や簡易宿泊所、支援者団体‥‥。物があふれているはずの現代なのに、街には炊き出しのみそ汁を大切にすする労働者がい た。格差社会といわれる日本の縮図が西成にあることに気づいた。見たまま、聞いたままを歌ってみよう‥‥。言葉は泉のようにわいた。「困ったときに助け合 い.」の曲の題名は「諸先輩方からのお言葉」。あいりん地区で支え合いながら生きる人々の日常会話を自分なりに解釈した。「都合悪ければ.」は、メリット がないと分かれば知らぬ存ぜぬを決め込みがちな人が多い現代社会を皮肉った。「でもやれど暮らせど生活は変わらん(中略)もう誰も信じないじゃないでやり たい事をやれ!」。居酒屋で居合わせた西成の人たちとの会話からも歌詞のヒントを得て、労働者だけではなく、自分にも当てはまる内容に仕上がった。昨年四 月には、自身初のフルアルバム「Sprout(芽)」をリリース。大阪、東京でラジオやテレビにも出演するようになった。新年を迎えたばかりの一月二日の 夜、三角公園に設けられた円形ステージで、労働者ら四十人を前に自作のラップを歌った。「頑張れ」「有名になれよ」。カップ酒で顔が赤らんだおっちゃんら から、大きな拍手がわいた。あいりんで芽吹いたラッパーがスポットライトを浴びながら歌う‥‥。そんな夢がかなったとしても、ここで生きる人々のことを歌 い続ける気持ちは変わらない。
【朝日新聞二〇〇八年三月二十七日夕刊より転載】


 
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